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下記の写真は今から54年前の1955年頃の座間味島の集落の写真です。ほとんどの家がかやぶき屋根です。 手前は座間味小・中学校、上の方に浮かぶ小さな島が安慶名敷島で奥の大きな島は阿嘉島・慶留間島です。
<古里点描> 座間味島は第二次世界大戦(沖縄県)米軍上陸第一歩の地。昭和20年3月26日米軍最初の上陸地。集団自決者を含む多くの犠牲者が出た。 この古里点描は座間味で生まれ育った、宮城恒彦氏がふるさと座間味島への平和を願う想いを書きました。 |
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【宮城恒彦(みやぎつねひこ)】 昭和8(1933)年、沖縄県慶良間諸島の座間味島で7人兄弟の三男として生まれる。父は42歳で病気でこの世を去った。その時7歳だった。母は7人の子供を女手一つで子供達を育てた。そして11歳の時に沖縄戦の米軍上陸第一歩の地、座間味島で戦争に遭う。その時の光景が今も目に焼き付いている。 その戦争で姉を失う。 現在は沖縄・豊見城市在住。座間味島での自分や島の人たちの体験を書き続けた座間味島の戦争体験記の小冊子は昭和63年(1988)年より毎年発行し今年で21冊になる。2004年6月23日に毎年発行した小冊子をまとめた本「潮だまり魚たち」沖縄・座間味島の戦世 イクサユーを株式会社クリエイティブ21から出版する。 |
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