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No5

1960年前後の現在シラハマアイランズリゾートのある場所です。のどかなな田舎の風景です。
あの頃の座間味島では半農半漁でした。自宅の周りにはさつま芋畑や、ジャガイモ、スイカなどいろいろな野菜などを植えていました。各家庭では薪でご飯を炊いたり、お風呂を沸かしたりしていました。その為、女の人たちは数キロも歩いて山へと薪を採りに行くのが、日課となっていました




1960年頃の座間味集落





<古里点描>
薪取りから帰る母親の薪の束に、山桃の実がついた枝がさされている。それを見つけた子供たちが走りよる。汗に濡れた母親は笑っている。

【宮城恒彦(みやぎ つねひこ)】
昭和8(1933)年、沖縄県慶良間諸島の座間味島で7人兄弟の三男として生まれる。父は42歳で病気でこの世を去った。その時7歳だった。母は7人の子供を女手1つで子供達を育てた。12歳の時に沖縄戦の米軍上陸第一歩の地、座間味島で戦争に遭う。その時姉を戦争で失う。
現在は沖縄・豊見城市在住。座間味島での自分や島の人たちの体験を書き続けた座間味島の戦争体験記の小冊子は昭和63年(1988)年より毎年発行し今年で21冊になる。2004年6月23日に毎年発行した小冊子をまとめた本「潮だまりの魚たち」沖縄・座間味島の戦世 イクサユーを株式会社クリエイティブ21から出版する。

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